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福岡キャリア・カフェ ロールモデルインタビュー企画 【私のストーリー】
このコーナーでは、福岡キャリア・カフェ統括コーディネーターの村山由香里氏が、ロールモデルの女性に取材インタビューを行い、それぞれのキャリアの転機や今思うことなどを語ってもらいながら、「100人100色ワタシ色」のキャリアを描くためのノンフィクション物語とヒントをお届けしていきます。
第十八回は、藤江 美奈(ふじえ みな)さんにお話を伺いました。

藤江 美奈(ふじえ みな)さん
立命館アジア太平洋大学
特別招聘教員(教授)
業種: 教育業
従業員数:約440人
私のストーリー
ライフイベントと向き合い、学び増しで未来を選択
元飯塚市副市長・藤江美奈さん。副市長として4年の任期を終え、2025年12月末に退任した。今後は、立命館アジア太平洋大学特別招聘教員(教授)として、天神のワン・フクオカ・ビルディング内にあるCIC Fukuokaで、新しいキャリアが始まる。
穏やかな語り口からは想像できないほど、彼女のキャリアには幾度もの転機と、深い葛藤、そして強い決断が積み重ねられている。日本航空の国際線客室乗務員としてキャリアをスタートし、約16年間勤務。子育てをきっかけに働き方を見直した後は、夫の失業、シングルでの子育て、両親の介護など、人生の節目ごとに選択を重ねながら、正規・非正規を問わず仕事を続けてきた。
「非正規の頃は本当に厳しく、国民健康保険も払えなくて。お財布にあった500円を握りしめ、市役所で分割をお願いしたこともありました」
女性のキャリアの脆さ、そして介護を抱えながら仕事との両立を模索する中での非正規への転職の決断など、生活が揺らぐ感覚を“身に沁みて”経験したという。その後、山梨県立大学、立命館アジア太平洋大学、九州工業大学と職を変え、46歳で国家資格キャリアコンサルタントの資格を取得した。
「年齢を重ねてからの学び増しこそ、武器になると思ったんです」

50歳の“自分軸の転機”が、私のキャリアを大きく変えた
介護のために地元に戻り、約8年の介護の末に母を看取った。深い喪失感の中で泣き続け、「遺骨を車の助手席に乗せてドライブする」日々が3か月ほど続いたという。ある日、ご住職から「そんなことをしていたら、お母さんが悲しむよ」と言われ、ようやく前を向く決意ができた。
その直後、偶然見つけたのが内閣府男女共同参画局の公募だった。
「これだ、と思ったんです。困っている方の力になりたい。この仕事がしたい」と。
50歳。ライフイベントのためではなく、自分の意思で決めた転職だった。
すでに熊本大学大学院への進学が決まっていたため、東京での勤務と大学院生という“二重生活”が始まる。昼は内閣府でDV・虐待被害者支援や法改正に関わり、夜はオンラインで課題に取り組み、週末はレポートと研究。終電で帰宅しても、気づけば朝3時、4時まで勉強していたという。
大学院では教育工学を学び、「教え方を教える」インストラクショナルデザインを研究。実務の中で得た課題を研究材料にし、コロナ禍でオンライン研修の在り方を模索した。
「現場の強みをどう生かすか。自分の経験を研究にして、また現場に返していく。その循環にやりがいを感じて、とても楽しかったですね」

私流リーダーシップ
“一人にしない”という決意――女性管理職を増やす挑戦
そんな矢先、飯塚市から副市長として声がかかった。
副市長の役割は、市長を支えながら、市政が滞りなく進むように調整し、前に進めていくこと。庁舎の内外で多くの人の声を聞き、まとめ、時には決断する日々が始まった。
就任1年目は徹底して学び基礎を固めることに力を注いだ。10年分の議会の議事録を読み、多様な関係者の名前を覚え、与えられた役割と真摯に向きあった。2年目は市長代理としての経験を重ね、3年目は新しい市長のもとで、自身の立ち位置や果たすべき役割を模索した。
なかでも特に力を入れてきたのが、女性管理職の育成だ。
「大きな会議の場で、女性が私ひとりということが重なる中で、自然と感じる孤立感のようなものがありました。そうした経験が、女性職員が安心して意見を出せる環境づくりの大切さを、私自身に教えてくれたように思います」
意思決定の場に3割以上の女性がいることで、固定観念を打破し、女性が意見を言いやすい職場環境が形成され、周囲に影響を与える——“クリティカルマス”と呼ばれる理論がある。しかし、「女性だから」という理由だけで引き上げ、その人が苦しむような形にはしたくなかった。
そこで、在任1年目から女性職員の時間外勉強会をスタートさせた。コーヒーとお菓子を囲みながら、職場では言いにくい悩みを共有する。同じ立場の仲間がいることで、管理職としての孤独は少しずつ和らいでいった。勉強会は回を重ね、管理職候補の多くが参加する場へと育っていった。

考え方が、人生を決める
藤江さんがめざすリーダー像は、「引っ張る人」ではなく、伴走する人だ。
「相手の話を聞き、その人の力を引き出す。決断が必要な時は私が責任を持つ。信頼されるリーダーでありたいと思っています」
藤江さんが共鳴し、若い人へのメッセージとしてよく話すのが、「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」という、京セラ創業者であり、日本航空の会長等も務めた稲盛和夫さんの言葉だ。
「私は熱意だけですが」とにこやかに前置きしながら、こう続ける。
「3つの掛け算ですから、どんなに『熱意』や『能力』があっても、『考え方』がマイナス思考だと結果はマイナスになってしまう。だから“考え方”がいちばん大事なんですよね」
どん底も経験し、いくつもの転職を余儀なくされながらも、常に前を向いて歩いてきた藤江さん。すべてのキャリアを糧にして、また新たなステージに立っている。

私のロールモデル
ロールモデルと聞いて、最初に思い浮かぶのは母だという。静かで芯が強く、弱音を吐かない人だった。また、転職を繰り返す中で、多くの上司や同僚にも出会った。信じて仕事を任せてくれた人たちがいたからこそ、今の自分がある。「私を信じて仕事を任せ、育ててくださった方たちのように、私も人を信じて任せられる人でありたいと思っています」
社外メンターとして
以下、テーマについて御相談に乗ることができます
#管理職へのチャレンジ
#自分なりのキャリアの見つけ方
#子育て期の離職(休職)を経てのキャリア形成
#子育てとの両立
#結婚・出産のライフプランと キャリア
#介護との両立
#キャリアと健康との両立
#DI推進/ITリスキル
所属事業所概要
立命館アジア太平洋大学
職員数:約440人
【取材後記】
人生にはいくつもの分岐点がある。右へ行くか、左へ行くか。その選択の積み重ねが、人生のかたちをつくっていく。藤江さんの人生もまた、数えきれないほどの分岐点に満ちていた。子育て、介護、お金の不安——決して平坦ではない道のりの中でも、自分の人生を諦めず、学び続け、歩き続けてきた。その姿勢こそが、50歳のターニングポイントを引き寄せ、今の藤江さんへとつながっているのだろう。
(取材・文 村山由香里)
福岡県女性人材育成のためのネットワーク形成事業