インタビュー
福岡キャリア・カフェ ロールモデルインタビュー企画 【私のストーリー】
このコーナーでは、福岡キャリア・カフェ統括コーディネーターの村山由香里氏が、ロールモデルの女性に取材インタビューを行い、それぞれのキャリアの転機や今思うことなどを語ってもらいながら、「100人100色ワタシ色」のキャリアを描くためのノンフィクション物語とヒントをお届けしていきます。
第十九回は、ロコリさんにお話を伺いました。

ロコリさん
YouTuber(ユーチューバー)
業種:動画クリエイター
従業員数:なし
私のストーリー
71歳、新しい物語は“発信”から始まった
今年75歳のロコリさんは、手頃な価格のファッションアイテムを取り入れた「プチプラコーデ」で人気を集めるYouTuberだ。70代でYouTubeを始め、チャンネル開設からわずか1か月で収益化。現在は登録者6万人を超える。だが、その軽やかな発信の背景には、ファッションとともに歩み続けてきた長いキャリアと、いくつもの人生の転機があった。25歳でブティックを経営するも、廃業と2,000万円の負債を経験。百貨店勤務、母の介護、そして69歳での退職を経て、たどり着いたのが「発信する人生」だった。
洋服が好き——その思いは若い頃から変わらない。新卒でアパレル企業に就職し、3年後にはスタイリストを目指して東京へ行った。雑誌『anan(アンアン)』が教科書だった時代。流行の最前線に身を置き、おしゃれを追いかける毎日は刺激に満ちていた。やがて小倉に戻り、25歳でブティックを開業。毎月東京へ買い付けに通い、時代の空気をまとった服を選ぶ時間が何よりの楽しみだった。スタッフとともに店づくりに没頭した日々は、青春そのものだった。
店舗を増やし順調に見えた経営も、時代の変化には抗えなかった。人気ブランドの出店など環境が大きく変わり、35歳で廃業を決断。2,000万円の負債が残った。朝目覚めるたび、胸の奥が暗く沈むような感覚に包まれたという。それでも百貨店で働きながら返済を続けた年月が、結果的に人生の土台をつくった。

一番好きな仕事が、いま花開く
百貨店閉店後、マクドナルドでアルバイトを始めた頃、一本の動画が目に留まった。70代でYouTubeを始めた女性の生き方を紹介する内容だった。その時ロコリさんは71歳。「デジタルが好きな私が、やらない理由はない」と、徹底的に研究し、再生回数の傾向を分析し、独学で技術を習得した。動画の作り方や編集、チャンネル開設の方法も、すべてYouTubeで学んだ。
「60代70代のYouTubrは多いけれど、ファッションをテーマにするものは少ない」と、得意のコーディネートを紹介する動画でいこうと決めた。
初投稿から間もなく視聴数は伸び、さらに10日後、出版社から書籍出版の打診が届いた。「70代で人生が変わるなんて思ってもいませんでした」。失敗も遠回りも、すべてがコンテンツになり、経験が価値へと変わっていった瞬間だった。

私流リーダーシップ
リーダーになろうと思ったことは一度もない
ロコリさん自身、「リーダー」という自覚はこれまで一度も持ったことがないという。25歳から10年間営んだブティックで大切にしていたのは、数字ではなく「視野を広げること」だった。新しい店に行き、映画を観て、雑誌や本に触れる。そうした体験をスタッフにも積極的に勧めた。「スタッフはほとんど20代前半。仕事だけでなく、人生を楽しめる大人になってほしかったんです」と振り返る。当時のスタッフとは今も交流が続き、YouTubeを始めた際に連絡をくれた元社員もいるという。
一方で、自分が販売という仕事に向いていないと痛感したのは、廃業後に勤めた百貨店だった。洋服は誰よりも好きだった。最先端のファッションに触れている時間は、何よりも心が躍った。しかし、販売そのものに喜びを見出している人たちを目の当たりにしたとき、自分との違いに気づいたという。「経営には向いていなかったですね」。そう静かに語る言葉の裏には、10年かけて2,000万円の負債を返済し、独り身で親の介護をしながら働き続けた歳月がある。
言い出す人がいるから、社会が動く
YouTuberとして注目され始めると、取材やコラム執筆、イベント登壇の機会も次第に増えていった。そんな中、北九州市で開かれたイベントで、市長との対談中にふと口にした言葉がある。「大人のディスコイベントをやりたい」。若い頃に通った、70年代のディスコをもう一度つくりたいという思いからだった。
目指したのは、バブル期の華やかなディスコではない。音楽も空間も70年代にこだわった、「品のあるディスコ」。高校時代から小倉や黒崎のディスコに通い、東京でも踊り明かした記憶が、その構想の原点にあった。
何気ない一言だったが、それをきっかけに賛同者やボランティアが動き出す。ロコリさん自身は実行委員長として関わり、企画は2025年秋、ついに実現。高齢者向けディスコイベントには午前・午後あわせて約500人が参加し、世代を超えて人が集う人気企画となった。
「一人ではできません。企画や運営、細かいところは全部、皆さんがやってくださったんです」
そう語る姿から伝わってくるのは、前に立って引っ張るタイプのリーダー像ではない。最初に火を灯し、その熱を周囲へ広げていく人。ロコリさんのリーダーシップは、年齢や立場を越えて人の共感を呼び、自然と仲間を巻き込んでいく力そのものなのだ。

私のロールモデル
ロールモデルは大正14年生まれの母だという。女性ドライバーが珍しい時代、車に乗りたい一心で企業の運転手に応募し、社長付き運転手として働いた“モダンガール”だった。60歳を過ぎてカラオケに夢中になり、72歳で師範免状を取得。その後、2つの教室を主宰し、120人規模のカラオケ大会を開催するまでになった。免状取得のため、自室にこもり熱心に練習する姿は、それまで見たことのないほど真剣だったという。85歳で認知症を発症する直前まで、歌と人とのつながりの中で生き生きと教室を続けた。その背中を見てきたからこそ、ロコリさんもまた70代で未知の世界へ踏み出すことができたのだろう。人生は何度でも更新できる——その確信は、母から受け取った最大の贈り物なのかもしれない。
社外メンターとして
以下、テーマについて御相談に乗ることができます
#起業・フリーランスの働き方
#キャリアと健康の両立
#介護との両立
【取材後記】
YouTubeの画面の中で、軽快な音楽に合わせて踊りながら洋服を着こなすロコリさん。時折こぼれる北九州弁も印象的だが、実際にお会いした本人も、画面のままの軽やかさと少女のような雰囲気をまとっていた。
70代でYouTubeを独学し、発信を続ける。その原動力は、長年ファッションと向き合ってきた審美眼と、今も流行に心を動かし続ける好奇心なのだろう。「好き」であり続けることが、新しい挑戦を引き寄せているように感じた。
セカンドライフを前に立ち止まる世代にこそ、自分の「好き」ともう一度向き合ってみてほしい。
「70代は楽しいですよ。第二の“怖いものなし”のシーズンですから」
その言葉は、これからの時間を少し楽しみに変えてくれる響きを持っていた。
(取材・文 村山由香里)
福岡県女性人材育成のためのネットワーク形成事業